空気


sinigami
ここ数日、我が家にどこか重たい空気が流れ込んできている。
その空気が部屋に滞って、私の身も重たくする。

いろんな理由があるのだがその空気の発生源は紛れもなく
母親である。母親は来月末に癌の手術を控えてはいるが
それまで生きられるかということで非常に気を病んでいるのである。
私は大丈夫だと思うんだけれど、母親はもう死ぬ気みたい。
もう死ぬと言われた人にたいしてこちらが言える言葉なんてそうそう多くない。

大丈夫なんていえないし、
死んだら楽になるよともいえない。

こんな時、宮沢賢治は臨終を控えた人にこういった。

「怖がらなくてもいい」

一番無難な言葉だろうと思う。

多分怖いんだろうと思う。
なんとなく初産を迎えた女性の気持ちと似ているんじゃないかななんて思う。
生まれてくる胎児だっておそらくそういう気持ちなんじゃないだろうか。
自分が知らなかったことを体験する、新しい世界にでるということは
すなわち恐怖だろう。

でも意外とその恐怖って超えてしまえば
なんてことはないんだろう。
だから宮沢賢治は怖がらなくてもいいと言ったんだと思うよ。
考えても見よう、かつて何千何億という人がそこを通り過ぎていったのだ。
息を吸って吐くくらい、瞬きをするくらい、そんなレベルの容易な過程だと思う。
死は誰にだって超えられるものだと思うよ。

今は傍観者である私だけれど、私だっていつかはそこを
超えないといけない。私ならみんな超えてきたんだから私もきっと
超えられる。そう思って死を迎えると思うよ。

まぁ、そんなわけで思い空気が私にもまとわりついてて
仕事もいまいち、感情もいまいちな感じになりつつある。
年末に感じた心のギリギリ感…これがまたぶり返したら
本当に厄介なので、ちょっと仕事の量もセーブしようかなと思っている
今日このごろ。

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