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孫子の兵法について


人がこの世に生まれそして集団をなし、いつしか上下関係が形成され集団は村に、村は町についには国にまで発展していく。そこにはお互いの利益をかけた戦いが繰り広げられそこから数多くの国が生まれそして消えていく。戦いこそ我々人類の歴史を語る上で何より重要であり、また貴重な教訓でもある。
孫子は中国の春秋戦国時代末、呉王のもとに仕えた将軍の一人である。彼の兵法はできる限りリスクを抑え先手を読み万全の状態で戦いに望めという独自の思想が貫かれている。最小のリスクで勝利をえる、無謀なことはしない。無駄のない戦略こそ勝利への鍵である。孫子の考えは戦争という高リスクの場において“肉を切らせて骨を断つ”をモットーとしておいている。
孫子の兵法は第一章から第十三章の各章で構成されている。第一章計篇から最終章火攻篇までの間に彼の戦争におけるノウハウがぎっしりと凝縮されている。

第一章計篇について
戦いの前に相手国の状態を知り、計を練ることは最も重要なことである。また国にとっても一大事業である。戦争によって得る利益も有れば失う利益も少なくはない。“兵とは国の大事なり”とあるように孫子はなるべく戦争の準備が整うまで戦争は避けよとの見解をしめす。ここで感情に駆られ闇雲に戦いを仕掛けては戦争が長引いた場合、戦力も国力も大きな損失を受け結果的に自滅してしまう。“算多きはかち、算好くなきは敗る”孫子の思想の中核である「第一は道、第二は天、第三は地、第四は将、第五は法」この五事七計の計謀を心得ないもの以外、勝利などありえないのである。

第二章作戦篇
戦争は長期にわたって行うものではない。戦争が長引けば長引くほどこちらの損失も大きくなる。迅速なる勝利こそ戦争にとって一番望ましい勝ち方である。占領した敵地をうまく利用し時刻の糧にするかということも戦争においては重要である。“兵は勝を貴びて、久しきを貴ばず”速い先勝こそ国にとって一番望ましい勝利の仕方であり優秀な君主たる資格がある。

第三章謀攻篇
孫子は言う、“戦わずして人の兵を屈する”と。敵国を完全に陥落させること、これは戦争においては次善の策である。戦争はあくまで敵国の策謀をいかにして打ち砕くかという点にある。すなわち、無意味な破壊は必要ではなく隊の中核さえ屈服させれば戦争は勝利したに等しい。無駄な戦いはしない、それが孫子のやり方である。よって“彼を知り己を知らば百戦あやうからず”敵国の熟知こそ速攻勝利への一番の手段である。

第四章形篇
油断、というのは心の隙から生じるものである。特に相手が自分より明に劣勢で有る場合勝利を確信し今までためていた腹の力を抜いてしまうことがある。これが劣勢たるものの罠だとも知らずに。戦争はお互いにだましあいの連続である。劣勢を演じるのも相手を油断させ一気に生気をあげ戦いに挑むのも作戦の一つである。“勝兵はまず勝ちて而るに後に戦い”一方的に押すだけではなく時には引く。このバランスを調整できるものこそ戦況を覆し、一気に勝利への道を歩むことがでる。“善なるものは善を修めて法を保つ”とはまさにこのことといえる。

第五章勢篇
戦争はあくまでも団体戦である。大兵力を率いていながらそのうちの気に入ったものだけ優遇しているようではまるで小兵力を従えているのと同じである。いかにして大兵力を団結させ小兵力のごとく俊敏なる機動をさせるかである。”紛々紜紜、闘乱するも乱るべからず”とあるように、軍の組織n上下関係が混乱した戦闘状態においても密接に関係していれば軍はみだれることなく最大の威力をはっきできる。当時、農民を兵役としてかり出していた時代に兵士の士気を高めるには将軍も頭を痛めた。いかに兵をコントロールするかということも重要な役割でここぞと言うときに兵の士気を一気に高め攻め込むことは”善く闘う者は、之を勢に求め“にあるとおり、確実な勝利は目の前なのである。

第六章虚実篇
釣りは釣り人と魚の駆け引きである。魚が食いつくまでにいかに根気よく疑似餌を本物のようにみせるか、見破られたら最後、逃がした魚は大きい。戦場において敵軍をいかにだますか、いかに手のひらの上で転がすか。また敵の策略をどう回避するか、が君主たるものの腕の見せ所である。“善く戦う者は、人を致すも人に致されず”釣り糸を垂らし疑似餌に食いつく魚をじっと待つかのごとくチャンスを伺い、そして一時のチャンスを絶対の成功へと一気に導く。ここでいう釣り人こそ“能く寡を以て衆を撃つ者”その人である。

第七章軍争篇
“迂を以て直となし、患いを以て利となす”孫子は戦場に先に到達することこそ先勝への第一歩と考えている。しかしながら君主の命を受け軍を編成し出発するまでには当然、それなりの時間は必要であり、先に戦場に到達することは容易ではない。しかしこれを馬鹿正直に実行すると兵は疲弊し機動力確保のため軽装備になる。しかしながら迂回路をとれば敵軍に有利である。
いかにしてこの距離を縮めるのか、勝利に結びつけるのかが問題である。その例が「迂直の計」である。魏の恵王が趙の邯鄲を征服しようとする際に斉の介入を予測し趙を援護するであろうとよんだ。そこで先手として斉軍が邯鄲へ向かう最短にある荘丘を先に占領した。それを耳にした斉王は南へと迂回する策をとったがさらに先手を取られ抜け道である衛の北部まで占領する挙に出た。斉は突破し邯鄲へ向かおうとしたが孫臍は更に南に回り込み魏の要所である平陵を占領しようと持ちかける。自ら更に遠回りをすると見せかけ、後に自軍の大夫二人を平陵に正面攻撃させる。その隙にもう一つの部隊を城の背後から奇襲させ挟み撃ちにする。ここで孫臍は自らの兵を犠牲にし、わざと敗北する。そして魏の大梁に兵を送り込んで平陵が攻略できなかった腹いせのように思わせ、そのときに平陵では自軍の兵を割き未だに絶望的な攻防戦をしていると思わせ、向かってきた魏軍を待ちかまえた。そして魏軍が斉を挟み撃ちにするために向かってきたところにすでに兵を北上させていた孫臍は疲労して駆けつけてくる魏軍を待ちかまえさんざんに打ち破った。
たとえ遠回りの道をとろうともそのハンデをどうチャンスにかえていくかが作戦と言うことである。

第八章九変篇
戦場において臨機応変であることが求められる。戦争はいかに相手をだますかの駆け引きんの場である。「道路には経由してはならない道路がある、敵軍には攻撃してはならない敵軍がある。城にはそれを攻略してはならない城がある。土地にはそこを争奪してはならない土地がある。君
命には受諾してはならない君命がある」戦場において常識は通用しない。あるものすべては戦略である。戦上において信じられるものは己のみである。“吾が以て待つこと有るを恃むなり”時の時勢頼らず、自分の実力を以て山のように構えよとはこのことである。

第九章行軍篇
軍を進めるにあたっては様々な条件が立ちはだかる。山や川、こういった地理的条件は十分に戦略の一つとして利用できる。まして山岳地帯において上から攻められた際には無理に抵抗してはならないまず相手の状況を判断しうまく誘い出してから攻撃する。“四軍の利は黄帝の四帝に勝ちし所以なり”地理条件をうまく駆使しすれば四帝に打ち勝つこともできるのだ。
また、軍隊をとりまとめることも戦況に影響する。例えば心が一つになっていない兵をいきなり罰したりすれば兵は将軍には心服しないし、逆に罰を施さなければ軍はたるんだままである。“兵は多益にあらざるもの”たとえ兵力は少なくとも戦い抜けるのは将軍と兵士との間に平素から信頼関係が築かれているからである。

第十章地形篇
戦略の条件として先にもあげたように地理的な要因は戦略において重要である、勝利をたぐり寄せるには地形の攻略はかかせない。“地の道は将の致任”戦場の場はおきに多岐にわたるいつも恵まれた条件にかなったものに出会うわけではない。高地に陣を張ったならば上からの攻撃に徹し、険しい道に迷い込んだ場合は姿が隠せる反面、引き返すのが困難という難点もある。将軍はまず陣をはる土地の地形について明察しなくてはならない。また兵を統率する場合も将軍は考慮が必要である。“卒をみること嬰児の如し”将軍は平素から兵士に対して赤ん坊に向けるようなまなざしを注ぐことが大切である。この信頼関係があればこそ兵は先の見えない闇の無効へも進軍することができる。そうであれば兵士たちと戦死を全うすることもできるのである。
“地を知り天を知らばすなわち全うす”兵力と地形、この二つの状況を把握し戦略をたてることのできる者こそ聡明なる将軍であり、勝利への道は約束されたも同然である。

第十一章九地篇
文字通り九地の地勢の特色と、それに応じた戦術で敵軍を陥れる兵法を説く章である。地勢には九地あり諸侯がが自国の領内で戦うことを散地、敵国のまだ深入りしていない地を軽地、自軍にとって有利な土地は争地、自由に往来できる土地を交地、敵国の奥深く城を背に向けた地を重地、進行が難しい土地を泛地、諸侯との道が通じており天下の人々の支援が得られる地を衢地、敵の攻撃を受けやすい土地を囲地、突撃が速ければ勝利し、遅ければ死滅する土地を死地という。“地形とは兵の助けなり”土地にはその土地柄の特色がある。土地を見極めて戦略を練り実行することが将軍に求められる。“其の愛する所を奪わば、即ち聴かん”敵にとってまず重要な土地を攻め、敵軍をあわてさせ隙が生じた所を攻める。土地を制する者は戦を制するのである。

第十二章用間篇
戦争において敵軍の情報をつかむことは大変意義のあることである。手の内を予測することも安易になる。さてこの情報を集める仕事にもっとも効果的であるのは“用間”すなわちスパイでる。“我が間をして必ず探りて”およそ攻撃したい軍隊、暗殺したい要人についてはスパイを用いて重役人の名前、履歴、性格、境遇までも調べあげる必要がある。これも心に潜む隙をあらわにするために重要なのである。また反対に自国にスパイが入ってきた場合は“反間は厚くせざるべからずなり”常にスパイがいないか注意し、またスパイを見つけた場合は手厚くもてなし逆に自らの味方につけ相手側に伝わる情報を操作する。情報は戦略を練る大きな材料になる、“敵の情を知らざる者は、不仁の至りなり”戦争は時の運で決まるのではない、知と知のぶつかり合いが戦争なのである。戦場において信じられる者は己のみ。この場においては人以外の存在はありえないのである。

第十三章火攻篇
火を用いて相手を攻める場合、火の勢いを注意深く洞察する必要がある。火は自然物である。うまく燃え広がらなければ、それは無駄に終わる。“五火の変有るを知り、数を以て之をまもる”まず火を武器として使う場合まず風を読むことが重要である。天気が乾燥するのを待ち、天界の箕・壁・翼・軫と重なる日、すなわち風が盛んに吹き始めるこの日をねらって火攻めの戦略を練ることが必須である。“火を以て攻を佐くる者は明なり”火攻めをには将軍の頭脳の明晰さが非常に重要である。
そして最後に“死者は以て復た生くべからず”戦争は必ずしも最善の策ではない、君主の感情にまかせてむやみに戦争を繰り返しその上戦況がだらだらと長引くようでは国は疲弊し最悪滅びてしまう。自国の利益になる戦いを見抜き、また戦争を回避する努力をするということが真の聡明なる君主のあり方である。国家の平安と国民の安泰を願うならば戦争という結果は避けなければならない。

以上、孫子の兵法全十三章を渡し独自の見解にてまとめ、解釈して記した。孫子の兵法が今もなお中国だけでなく日本の私たちにまで読み継がれる理由は、孫子の兵法が単なる兵法書にとどまらずそれがあらゆる場面において応用が可能であると言うことである。それは時に人間関係であったり、ビジネスであったり、外交関係であったりする。
私は冒頭に戦争の歴史は人の歴史であると述べたが、時代が変わり武器も戦法も大きく変化した現代においてもこの孫子の兵法は実力をみせる。そしてまず言うことは“戦争をなるべく避けよ”ということである。孫子は人の感情だけに左右された戦いに注意を促す。戦争は失う利益が多い、そして国の平和が乱れることは避けられない。意味もなく戦いを続けるのは相手もお互いも収集のつかない度壺に陥ることさえある。現代でも続いているある戦争こそ、その教訓を痛いほど現代の私たちに教えてくれているのではないだろうか?
一国の行く末は君主の一言で180°変わっていく。君主の下に仕える部下、軍、そして民にも大きく影響していく。一国を率いる主であるかさこそ、時を読み、人を読むことが求められるのである。
真の君主とはそのような人物であると私は思う。

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